【京都守護職 新選組巡礼会結成 5 周年】月真院が参画し 4 か寺の巡礼会へ 発展!2026 年 11 月 1 日(日)より 2,000 枚限定御朱印台紙授与
本記事はプレニカ編集部が外部の発表情報をもとに解説を加えた編集部記事です
プレニカ編集部
幕末の京都守護職と新選組を顕彰する巡礼会が5周年を迎え、月真院を加えた4か寺巡礼と限定御朱印台紙を開始します。
プレニカ編集部による要約
京都守護職 新選組巡礼会は、2026年に結成5周年を迎えると発表した。これを機に、2026年11月1日から月真院が加わり、壬生寺・聖護院門跡・金戒光明寺の3か寺から4か寺の巡礼へ発展する。同日から、5周年記念の2,000枚限定特別御朱印専用台紙の授与も始まる。志納料は2,000円で4か寺分の御朱印料を含み、A5クリアファイルとのセット。参画寺院の僧侶がデザインし、紺色とだんだら模様を組み合わせ、表面は新選組の羽織をイメージ、裏面に各寺院の寺紋をあしらう。巡礼はいずれの寺院からでも始められ、最初に巡拝する寺院で台紙を受け取る。期間は2026年11月1日から2,000枚がなくなり次第終了。月真院は元和2年建立で、慶応3年に伊東甲子太郎ら御陵衛士の屯所となった。非公開寺院のため拝観不可で、対応できない場合があるとして事前連絡を求めている。
※ この要約はプレニカ編集部が発表情報をもとに独自に作成したものです。
発表の原文(冒頭より引用)
幕末の京都守護職と新選組を顕彰する「京都守護職 新選組巡礼会」は、2026年に結成5周年を迎えました。これを機に、2026年11月1日より、新たに御陵衛士(高台寺党)の屯所となった「月真院(げっしんいん)」が加わり、従来の3か寺(壬生寺・聖護院門跡・金戒光明寺)から4か寺の巡礼へと発展します。また、同日より5周年を記念した2,000枚限定の特別御朱印台紙の授与を開始いたします。 ≪臨済宗建仁寺派 高台寺塔頭 月真院≫ 鷲峰山高台寺塔頭・月真院は、久林玄昌が亀井豊前守の外護により、三江紹益を開祖として、元和二年(1616)に建立されました。 慶応三(1867)年、新選組を脱退した伊東甲子太郎、同実弟鈴木三樹三郎等は考明天皇御陵衛士を拝命。 山陵奉行戸田大和守の配下に属する事になり、同士十数名と脱退しました。 彼らは同年6月に月真院に移り、「禁裏御陵衛士屯所」の標札を掲げたため、高台寺党と呼ばれるに至りました。 現在、かつての屯所跡である月真院の門前には、「御陵衛士屯所跡」の石碑が建てられています。 ≪2,000枚限定 京都守護職 新選組巡礼会5周年記念 特別御朱印専用台紙(クリアファイル付き)≫ いずれの寺院からでも巡礼を始められます。最初に巡拝される寺院にて専用の台紙をお受けください。 【期間】 2026年11月1日(日)~限定数2,000枚が無くなりしだい終了 【志納料】 2,000円(4か寺分の御朱印料が含まれています) 【仕様】 A5クリアファイルとセットで授与。参画寺院の僧侶によるデザインです。 会津藩の藩旗や藩士の羽織紐に使われた「紺色」と、新選組の羽織や隊旗、袖章の「だんだら模様」を組み合わせました。
引用元: https://www.value-press.com/pressrelease/383572 (冒頭のみの引用です。全文は下記リンクからご覧ください)
プレニカ編集部の見解 ※ 事実の報道ではなく編集部の意見・分析です
幕末史を軸に複数寺院を巡る取り組みは、文化遺産を単なる拝観対象ではなく、地域を歩いて回る滞在型の観光資源として捉える流れに位置づけられる。宗派を超えた有志による運営や、月真院の参画で新選組だけでなく御陵衛士にも物語が広がる点は、歴史の多面性を伝え、周遊を促す工夫として評価できる。限定御朱印台紙も来訪のきっかけになり得る。一方、限定枚数や開始時期に注目が集まると、授与対応や周辺の受け入れに負荷が生じる可能性は否めない。非公開の月真院では事前連絡が必要とされ、巡礼の体験設計と情報発信の丁寧さが成否を左右する。4か寺化が一時的な話題にとどまらず、継続的な地域周遊につながるかは、今後の運用と発信を見る必要がある。
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